上野由岐子のプロフィールや経歴は?家族構成と怪我の骨折も調査!

人物
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皆様こんにちは!

女子ソフトボール日本代表の「上野由岐子」さん。

2019年8月30日に開幕したジャパンカップ国際女子大会で、日本代表は初戦のチェコ相手に13-0のコールド勝ちを果たし、

上野由岐子さんは、4回の表に登板し、きっちり無失点で抑えコールド勝ちに貢献しました。しかし、彼女が4か月ぶりのマウンドだったようですね。しかも4月の試合で顎に打球を受けて骨折していました。

ソフトボールについては、あまり知らない筆者ですが、怪我からの復帰するスポーツ選手の精神的なところって本当に勉強になるなと、怪我を期待するわけではありませんが、意識の違いが感じられます。

今回は「上野由岐子のプロフィールや経歴は?家族構成と怪我の骨折も調査!」と題してお送りいたします。

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上野由岐子のプロフィールや経歴は?

上野由岐子投手

上野由岐子さんは1982年生まれで高校のときは日本人最速の球を投げていたそうです。

非常に良い実績も出されているみたいです。

まずはプロフィールから見ていきましょう!

上野由岐子のプロフィール

名前 上野由岐子
生年月日 1982年7月22日
出身地 福岡県福岡市
身長 174cm
投球/打席 右投右打
ポジション 投手

上野由岐子の経歴や戦歴

上野由岐子投手

小学校3年生からソフトボールを始め、ピッチャーとして活躍。

小学校、中学校で全国制覇しています。

九州女子高等学校2年のとき最少年で参加した1999年世界ジュニア選手権でエースとして優勝する。

このとき球速は107km/hで日本人最速!

2001年高校卒業後、ビッグカメラ女子ソフトボール高崎に入部し、史上初の2試合連続完全試合を達成し、新人王に選ばれる。

  • 2002年:世界大会デビュー戦、アテネ五輪が掛かった中国戦で完全試合を達成。
  • 2004年:アテネオリンピックでオーストラリア戦で敗れる。
  • 2005年:大鵬薬品戦で完全試合
  • 2006年:北京で開催の世界選手権で準決勝のアメリカに勝つが、決勝で逆にKOされてしまう。
  • 2007年:日本人初の「1000奪3振」を達成。
  • 2008年:北京オリンピック金メダル
  • 2010年:日本リーグ豊田大会で優勝。
  • 2012年:世界選手権でノーヒットノーラン達成。
  • 2013年:戸田中央病院戦でわずか68球で完全試合達成。
  • 2016年:豊田自動織機戦で左ふくらはぎの軽い肉離れを起こし戦線離脱。
  • 2019年4月27日のデンソー戦でピッチャーライナーを左顎に受け救急搬送。5月1日のアジアカップは欠場。下顎骨骨折で全治3か月で、4月30日の手術を行い無事成功。

これだけみても非常に優秀という言葉では収まらないほどの選手なんだと思いますね。

完全試合が多くでていたような気がします。

怪我も2回経験したようですね。

上野由岐子の家族構成と怪我の骨折も調査!

上野選手は、まだ結婚はしていないようですね。

なので家族構成は両親と妹さんの4人家族になります。

父親の「正通」さんは家庭を大事にされる優しい方ですが、ソフトボールに限ってはとても上野選手に厳しかったとのこと。

母親の「京都」さん看護師をされています。非常に厳格で礼儀正しく素直な子、人を悪く言わないこと、好かれるように努力することを大事にして教育してこられたそうです。

怪我の骨折の状況は?

ジャパンカップの代表合宿に参加した上野選手は、久々の公の場で骨折について語ったようです。

痛みよりも脳振とうがひどかった。

脳振とうって記憶がとんだりする、一種の記憶障害ですよね?けっこうヤバかったんじゃないかな。

病院では1か月の入院で、流動食で体重も5キロ減。

退院後もお肉などははさみで切って食べていた。

7月からはピッチングも再開し、投球はそれほど落ちていなかっといいます。

そして今回のチェコ戦で、特に怪我の心配はなく時間が解決してくれるものおと、やってみないと分からないと上野選手。

顎だからまだ投げるのには支障はなかったんですかね~

 

おわりに

さて皆様いかがでしたでしょうか?

今回は「上野由岐子のプロフィールや経歴は?家族構成と怪我の骨折も調査!」と題してお送りさせていただきました。

数回の怪我を経験しても克服していく姿には感服させられますね。

この精神でオリンピックも日本の大黒柱として頑張ってほしいですね。

それでは、最後までご覧いただきありがとうございました。

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